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国際学部

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国際学部ニュース詳細

更新日:2022年02月28日

その他

【国際学部】リレーエッセイ(5)上田 美和「学生寮の台所」

学生寮の台所

                           

 上田 美和(日本近現代史)


 

 最近、大学院生時代のイギリス留学を回想することが多くなった。私にとって、留学中の思い出深い場所の一つは、住んでいた学生寮の台所である。

 私が留学したオックスフォード大学は、映画ハリーポッター?シリーズのロケにも使われていたが、学生はハリーのように、いつも長テーブルの大広間で食べていたかというとそんなことはなく、自炊中心の地味な食生活であった。

 初夏の天気の良い日には、寮の仲間とピクニックに行くのだが、各々がちゃんと弁当(といっても冷蔵庫のありあわせで作った質素なサンドイッチ)を包んで持っていくのだ。


 私の寮は大学院生の住まいで、各自に個室が与えられていたが、台所は共用だった。寮内には小さな台所が数カ所あり、大体7、8人で1つの台所を使うのだった。そこでは、食器棚や冷蔵庫内の場所も学生ごとに自然に決まっていた。到着翌日には私も、街の金物屋で小さいフライパン、鍋、お玉など調理道具を買ってきた。小さな台所は学生の数だけ国際色豊かで、なかなかの眺めだったように思う(ときどき棚から誰かのカビた食パンがはみ出ていたりした)。


[寮の台所。今は誰が使っているのだろう]


 学生の研究分野もまるで違うので、帰ってくる時間も夕食の時間もバラバラである。自分のタイミングで自分の夕食を作る。食材は近所のスーパーや市場で買っていた。ただし、この寮の住人がいつも丁寧な料理をしていたわけでは、当然ない。

 フランス人のお向かいさんが、インスタントラーメンを茹でた小鍋のまますすっているときは、「今、(研究に)追われています」の意味だった。

 私など、課題の締め切りが迫ると、寮の前に停まっている移動販売車(ケバブバン)で買ってきたケバブを部屋でかじりながらレポートを書くのは日常茶飯事だった。近所のスーパー、セインズベリーズSainsbury’sの冷凍食品では、私はラザニアが好きだった。


 同じ食材でも、人によって調理の方法や食べ方が違う。もちろん、そんなことは日本にいてもよくあることだが、留学中の私はこの事実に夢中になっていた。

 たとえば、魚の煮付けにギョッとされたことがある。魚料理というと、鮭とかタラの切り身を食べることが多かったが、イギリス出身の友人たちはよくグリルで調理していた。私はそればかりだと飽きるので、砂糖?醤油?生姜で煮付けにしたが、台所にいるみんなは真面目な顔で「魚に砂糖を入れて甘くして食べるなんてあり得ない」というのだ。

 こんなこともあった。朝食にサラダを食べる私を見た友人が、目を丸くして一言、

“Wow, it’s like eating sushi at breakfast!”


 寿司パーティを開いた時には、ネタとして用意したツナ、卵焼き、アボカド、えび、きゅうりのほかに、私はこっそりうめぼしを仕込んでおいた。私はうめぼしが大好物なので、瓶詰めで持ってきていたのである。初めて食べるうめぼしの味に悲鳴をあげる友人の姿を見て、私は満足していた…一つの、カルチャーショックを提供したことに。


[学生寮の中庭]


 ベジタリアンの友人が勉強の合間に手際よく作ってくれる、ほうれん草入りのチーズリゾットは絶品だった。肉を食べない代わりに乳製品をいつもどっさり入れていた。「ヤギのチーズがおいしいのよ」と教えてくれたのも彼女である。

 冬学期にひどい風邪をひいて寝込んだ時に、中国出身の友人の作ってくれた中華粥の味は忘れられない。あの時、「五臓六腑にしみわたる」ということばの意味が腑に落ちた。

 シンガポール出身の友人は炒め物にきまってカシューナッツを入れていた。私の留学生活最後の晩餐に、これを作ってくれたことを忘れない。


 あの小さな台所は国際の交差点だったのだ。私にとっては、食の留学でもあった。


 コロナウィルスの流行により、あらゆる交流が困難になるなかで、私たちは<国際>のもろさを痛感した。その頃、イギリスのジョンソン首相の、コロナ感染から生還後のスピーチをオンラインで耳にした。サッチャー元首相のことば “There’s no such thing as society” をもじって、彼は “There really is such a thing as society.”と述べていた。彼の命を救ってくれた看護師たちへの感謝とともに(‘There is such a thing as society, says Boris Johnson from bunker’ The Guardian.com, 29/03/2020)。


 今日もまた、胸がふさがる世界のニュース。しかし、私たちは<国際>に無関係では生きていけない。だから、

 “There really is such a thing as INTERNATIONAL society.” と小さい声でも言いたいのだ。